海外出張の思い出(イギリスダービー)

 2021年9月11日は、アメリカ同時多発テロから20年目に当たります。アメリカが、日本の真珠湾攻撃以来のアメリカ本土に対する最悪の攻撃となった日でもあります。

 小生はその2週間前に、イギリスに行ってクレーム処理をするよう申し渡されたのです。

 日本の自動車会社へ収めていたセフテイ部品の不具合が発生しました。納入した部品は、メーカーの日本の購買部門から下請けに有償支給され、イギリスで新規に自動車工場を操業するための制御盤に搭載され、イギリスのダービー工場に出荷にされたのでした。その出荷された制御盤に搭載された不具合部品800個を交換する任務でありました。

 品質保証部門の所属ではあったが、客先へのクレーム処理の経験もなく、ましてや言葉は英語であり、イギリスへの渡航経験もなかったのです。通常、客先からのクレーム処理の担当は、工場が当たっていたのです。ところがその時は、工場では新商品の立ち上げと工場内での不具合が重なり、工場からの人員の派遣は難しかったのです。ただ、一人工場からの技術者がドイツにいたが、すぐには合流が難しかったのです。

 そんな中、事業部スタッフと研究部門の技術者によるチーム編成が行われました。品質保証部門から、TOEIC750点ではあるが英会話の経験がないK氏と、研究部門の若手のÝ氏に、小生を含めて3名と、工場技術者のK氏の計4名でありました。

 事前に日本の自動車工場を見学し、制御盤にどのように装着されているかを学び、該当のイギリスに出向いたのです。ヒースロー空港で下り、スーツケース等の荷物を取り出すため待ち合いしていると、荷物がほうり投げられていました。日本では考えられない行為に驚きました。空港を出て予め予約しておいたレンタカーで宿泊先のペンションに到着しました。ところが、到着しているはずの作業着等が未着で、空港に連絡しても埒が明きません。仕方なくイギリスの街に出て作業着を用意しました。

 ダービーの工場に行くと、新規立ち上げの日本の責任者と面会したが、納入された制御盤の配置図もなく、自分達で工場内を探さなければなりませんでした。「君達の会社から不良品を納入したのだから、不良品を探し出し、良品に交換してくれたらそれでいいのだ。自分達は新規に工場立ち上げのため、君達に構っていられない。」という態度でありました。「そこにある安全靴、安全眼鏡、ヘルメットを装着して工場内に入るように!!先日も天井からスパナが落ちてきて手を怪我したからね。」という対応でありました。仕方なく、工場を見て回り制御盤を探し当て、図面を作ることにしました。

 工場が操業しているので、交換は工場の操業の空き時間しかできませんでした。ボスらしき人物を探し当て、段取りを打ち合わせました。

 昼食時と就業明けの時間を見計らって交換していきました。数十台の溶接ロボットが音を立て稼働している階上の制御盤や、400Wの制御盤等怖さを抱えながらの作業をしました。

 2週間は瞬く間に過ぎ去っていきました。ペンションの食事は塩辛く、夜遅くに市内に行きイタリア料理、ベトナム料理、中華料理等を梯子しました。

 作業が遅くなればなる程、就業前に旨く稼働するかチエックが必要でありました。

 ところが、2001年9月11日(火)にイスラーム過激派テロリスト集団アルカイダによって行われた、アメリカ合衆国に対するテロ攻撃=アメリカ同時多発テロ事件が発生しました。会社の上司の取締役H氏から夜中の2時頃に電話があり、同時多発テロ事件の発生で、アフガンでの高射砲による民間機襲撃の危険があるので帰国は落ち着いてからとなりました。

 有償支給品の下請けによるねこばば、良品であるが電圧の違い、ライバルメーカの不良品による通電不良などを克服して帰路に就きました。

 バーミンガム空港に着いたら、小生がトイレに行っている時に、空港でぼや騒ぎになり、警官が空港を取り囲み、空港から出てくる人にピストルを向けフリーズと言ったのです。アメリカで日本人が隣の住人のところに行った時、ピストルを持った隣人がフリーズと言ったのに止まらなくて射殺された事件があったのを覚えていたので停止しました。もし、知っていなかったら恐ろしいことが起こっていたのです。

 バーミンガム空港からアムステルダム経由のKLM機で、日本に当日中に帰国する必要がありました。ところが、火事騒ぎで出発が遅れアムステルダム到着も遅れました。日本行き直行便は既に出発していました。韓国便なら間に合いますとのことで、交渉して、韓国経由日本行きの飛行機に搭乗して無事帰国できました。

 余談ながら、3席空いていてビジネスクラス1席、他はエコノミークラス2席、料金は同じで、私がビジネスクラスに載せてもらうことになりました。しかし、隣席は、オランダの島でレストランを経営する人の息子でありました。英語で話しかけてくるので、英語の会話の本で何とか切り抜けたが、閉口しました。

 投稿:川﨑泰弘

2021年6月21日